ろくもんに引かれて善光寺参り ~MICHIKUSA&Gallery~

本編では、紹介しきれなかった写真や、寄り道情報をお届けします。
と言いつつ、真田ゆかりの地めぐりに脳内変換した模様をレポートします(*´▽`*)
 

ろくもんでろくもんでろくもんで、GO♪GO♪GO♪GO~♪

ろくもんで旅って、よく考えれば、意味が、死出の旅だよね。よくOKでたなと感心。

真田丸の情報がどの辺で企画段階に影響したか、わかりませんけど、放映よりはサービス開始前だし。
ディスるつもりは全くなくて、むしろ斬新で、すごいと思います。しなの鉄道さん。(執筆者個人の感想)

で、やっぱりというか、装飾が「六文銭」より「州浜」がメインなのは、その辺りに気を使ったのだろうな~と勝手に推測。
足元マットとか、間仕切りとかも、殆どが「州浜」がデザインされています。

suhamasuhama
別名 逆さミッキー
 

竜宮城とか、蓬莱を指す、おめでたい形だそうだ。
でも、この場合は、三角州の意から、川中島を走る事をイメージしたんじゃないかな~。とうがって見たよ。

   
  

「真田丸」のが先だったなら、意匠は結び雁金になってた可能性が高いと推測。
幸せを運ぶ鳥だしね。
結び雁金は、Noと言えるペンギン と呼びましょうか。

 

 

惜しみても尚惜しむべし

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布引観音の近くに、典厩殿の墓碑があります。

かの武田信玄公の同母弟、武田信繁殿の首塚です。
信玄公は、この弟の死に号泣したといわれ、敵味方両方から惜しまれるほどの人格者だったと伝えられます。
教養があり、武芸にも優れたイケメン(推測w)です。

典厩殿のお墓は、川中島古戦場近くの典厩寺にありますが、
川中島の戦いで戦死した典厩殿の首級を持ち帰って、当時武田領であったこの地に葬られたと伝えられます。
新しいお花も供えてあって、地元の方々に大切にされているのでしょうか。
それとも、お墓を任された家臣団がいるのでしょうか。周囲のお墓も四つ割菱を冠しています。

武田信繁殿の名を見てお分かりでしょうか。
真田信繁の名は、この方のをいただいています。

主君の弟の名をいただく、ってどういう事でしょう。
兄の信幸は、信玄公の信、父昌幸の幸を賜って天正7年に元服してますが、
信繁の場合、幼名で出した天正13(1585)年の書状が残っているため、武田滅亡後に元服しているという説もある。
こちらの書状は、個人蔵ですが、今回いろんな真田丸関連の展示会に貸し出されていますので、お目にかかることもあると思われます。

主君の弟の名を付けるほど、次男信繁をかっていた?
主君を忘れないため?
長男を信玄公からつけて、次男を信玄弟からつけて、武田家になぞらえた昌幸の野望かな?
個人的には、生前に信玄公から賜ってた解釈が好きだな。幼名の書状は、上杉氏を憚ったか、書き間違いで(←w)
義の上杉がそんなこと気にするとは思えませんが。
表裏比興の者昌幸の思惑はいずこ!? …そもそも思惑があるのかどうか。

個人的には、真田信繁からは傾奇者の匂いがするので、元服後に幼名の書状とかやりそうだよねと思っている。
というか、やっぱり紙って貴重だった時代で、特に九度山時代が顕著だけど、紙を節約して使ってたんだな~って感じが、当時の書状から見て取れる。だから間違えたけど…いんじゃね? 的な要素があっても……、いやさすがにないか?

ドラマでは(話題は2週遅れ)、信幸の捨てた幸をもらってくれないかと昌幸に言われても、捨てなかった笑いの展開を経て、ついに幸村登場! となりましたが、
「えーーーー典厩殿の名前、捨てちゃうとは何事かー!」と心の底からブーイング。

なんだか寄り道がメインになってきた
布引観音と言えば、小諸が舞台になったアニメ「あの夏で待ってる」で肝試しの場所になりましたね。
「浴衣はムリだろぉ!」と、見ていた地元民は総ツッコミを入れたに違いない。
これは登山だよね? という参道を通ります。
登山だよね?
miti1
左下に道なき道がある
mit2

檸檬先輩が前に立っていた看板も記憶のままで、ちょっと懐かしい気分に。
檸檬先輩がこの前に
annnai

全画面で、あの場面この場面を探してみて^^

 

 
おまけ★真田丸に全く関係ないけど その2

tezuka-san
 
長野駅からのバス通りで、手塚さんに遭遇!
手塚さ~~~ん♥♥♥ (*´д`*)ノシノシノシ

長野中央警察署のイメージキャラクターです。……というのは、ラッピングバス見て、あまりの衝撃に調べて知りました。
毎月愛読している漫画雑誌に掲載されていて、好きなキャラだったので、ビックリ!
長野市の警察署のお話というのは知っていましたが。

ちなみに手塚さんは後ろのダンディです。料理上手でおかんなダンディです。
主人公は手前のほかりん。(穂刈くんです)

善光寺だって、真田ゆかりの地だよ
 

 
kuyoutou
kuyoutoukannban
本堂裏手には、松代藩主真田家の供養塔があります。
善光寺の普請奉行を松代藩が務めたのをはじめ、善光寺と真田家にも縁があるようです。
御開帳の回向柱は、現在でも松代から寄進されているとか。

親兄弟が袂を分かってまで残した真田家の子孫の系譜が、ここにも残ると思うと、考え深いですね。

それでは、(*´▽`*)歴史ネタのお約束。

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  |ゝ   |ゝ
  Ⅱ  Ⅱ  諸説アリ!

「イイネ!」もぽちっとヨロリンコ(*・∀・)σΩ


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