真田~ふるさと巡り~(後編)

先週に引き続き
真田~ふるさと巡り~をお送りします。

おいしいお蕎麦を食べた後からです。

それでは真田巡り後編スタートです。

今回の予定はこちら。

08:40 小諸 出発
09:20 真田氏記念公園
10:00 長谷寺
12:00 山神神社
12:30 昼食 福田
13:30 真田氏館跡              ←今回はここから
14:00 真田氏歴史館
15:00 信綱寺
16:00 ゆきむら夢工房
17:00 本城跡
18:00 小諸 到着
お疲れ様でした。

 

お昼を食べたら真田氏歴史館へ。

営業時間は午前9時から午後4時。

休館日は火曜日です。火曜日が祝日の場合は翌日が休館になります。

入館料は大人250円、学生160円、小中学生100円です。

団体(20名以上)だと少し安くなります。

入り口を入るとすぐ幸村の銅像があります。

少し進むとサインなどが並んだスペースへ。

大きな六文銭があります。

展示室は写真NGなので写真はここまで。

中には真田に関するさまざまなものが展示されています。
甲冑や屏風の展示や、真田の山城の説明などがありました。

T氏が小学生のころ駆け回っていた小学校の裏山には、洗馬城という山城があったそうです。

真田に関する新しい発見がありました。

 

歴史館のあとは、歴史館のすぐ下にあるお屋敷公園へ。

こちらは昌幸が上田城を築城するまで幸隆・昌幸が暮らしていた居館の跡です。

駐車場から坂を下っていきます。

途中猫に遭遇しました。

このあたりではよく猫を見かけるので結構な確率で出会えるかもしれません。

そのまま坂を下っていくと東門が見えてきます。

左右が盛り上がり、土塁だったことがわかります。

東門跡を通り過ぎ、そのまま道を下っていくと入り口に到着します。

ここにはかつて大手門がありました。
よく見ると石垣が見えますね。

ちなみにこの場所、標高が763メートルあります。

公園内は一面雪景色です。

足跡があるので雪の中頑張って歩いていった人もいるようです。
私たちは装備が整っていないのであまり奥へは行かないでおきます。

こちらは公園の北側を流れる大沢川という川です。

小さな川ですが、天然の堀の役割を果たしていたのではないかといわれています。

公園内には真田昌幸が上田城に移る時に勧進したといわれる皇太神社があります。

進んでいくと右手に御手水石があります。

これはかつて徳川家臣の本多家から送られたものと伝わっています。

T氏が中を覗き込んでいます。

何が見えたのでしょうか。

写真をよく見ると屋根の雪が落ちそうです。
冬場に行く際は落雪にご注意ください。

公園内には鳥の巣箱が何箇所かに設置されています。

鳥が出入りしている姿は見ることができませんでしたが、運がよければ見ることができるかもしれません。

続いては真田エリアの観光拠点、ゆきむら夢工房へ。

ゆきむら夢工房は観光案内所のほか、お土産の購入ができるショップがあります。

また、そば打ちやお焼き作り体験ができたり、電動アシストサイクルの無料貸し出しができたりと、真田観光の際にはぜひ寄るべき場所です。

※体験は予約が必要です

壁面には真田丸の赤い横断幕が。

真田丸については、過去の記事でもゆかりの地をめぐったものがあるのでぜひご覧ください。

入り口横で記念撮影。

いい笑顔です。

中には真田のゆるきゃらゆきたんがいました。

今回はここでお土産を購入します。
写真撮影はできませんでしたが、レジで対応してくださったお兄さんがカッコいい袴姿でした。

ゆきむら夢工房の横には農家のお店新鮮市があります。

ここでは地元の農家の方が作った新鮮な野菜などを購入できます。

 

続いては信綱寺へ。

信綱寺の創建は室町期で、真田昌幸が長兄信綱の位牌所としたそうです。真田信綱夫妻の墓があります。

急な階段を上ります。

T氏「むり、まじむり」

頑張ってください!

階段の上の門をくぐると本堂です。

いろいろな場所に六文銭があります。

 

信綱寺の向かいは緑地公園という公園になっています。

こちらは歴史の丘というモニュメントです。

写真奥から手前方向に水が流れており、上流から歴史の流れをあらわしているそうです。六文銭がある赤い石は戦いを表しています。
上流から長篠の合戦、関ヶ原の合戦、大阪の役です。

こちらも一面雪が積もっていますが、看板のあるところまではがんばって行きます。

看板にはモニュメントの説明が記されています。

雪がなければそれぞれを詳しく見たかったのですが、今日はここまでで奥に進むのは断念します。

ただここにも奥まで進んだ足跡がありました。

 

お次は、長谷寺の住職との話の中で話題に上がった縁切り地蔵です。

十林寺という集落のなかの公民館横にあります。

 

ちなみにこの十林寺、かつて廣山寺というお寺がこの地にあったので十林寺というそうです。初めて知りました

廣山寺については以前の記事で紹介していますので、こちらをご覧ください。

最後は松代だ!~真田丸最終回ルミーズ真田丸の旅フィナーレ(前編)~

 

さて、縁切り地蔵ですが、イットの坂と呼ばれる坂の上にあります。

イットの坂は、かつて、この地の長村という村が湖だった頃、加賀国白山の女神が亭主の男神を嫌ってまで逃げてきて、ここから石の舟に乗って行ったため、男神は諦めて夫婦の縁を切ったという神話の地で、「縁切坂」とも呼ばれているそうです。以前は、この坂の頂上にお地蔵さまがありましたが、現在は十林寺の公民館横に移されました。今日でも霊験を求めて鋏を奉納する人が数多くいるそうです。

このように鋏が奉納されています。ちょっと怖いです。

ですが、縁切り地蔵は悪い縁を切ってくださるのでありがたいお地蔵さまなのです。

 

最後に、真田氏本城跡へ向かいました。

ここは別名松尾新城、十林寺城とも呼ばれましたが、真田地域の中央に位置し規模が最も大きいため、現在は真田氏本城に統一されているそうです。ここは山の頂上付近に位置していて、三方が急斜面となっているので周囲を見渡すことができる絶好の地です。

戦のときはここから見張りをしていたのでしょう。

駐車場付近からの眺めです。

奥へと進んでいきます。

こちらも雪があり歩きづらいです。

標高は895メートルあります。お屋敷公園と132メートルも差があります。

 

奥へと進むと、上田市街や真田町が見渡せるようになります。

こちらは上田市街の景色。

こちらは真田町傍陽方面の景色です。

傍陽は「そえひ」と読みます。

傍陽を初見で読める人はほぼいません(笑)

縄張図と城跡群の案内がありました。

これだけ周囲を見渡せれば敵も早い時点で見つけられたでしょう。

さすが真田一族です。

 

全ての日程を終えて帰路に。

帰りに「またのおこしを菅平高原」の看板が見えます。

朝の「ようこそ真田の里へ」という看板の裏側ですね。

菅平高原は「すがだいらこうげん」と読みます。

近くに上田菅平ICがありますが、これを「うえだかんぺい」と読んだ人がいました(笑)

読み間違えないようご注意ください!

今回は菅平高原には行きませんでしたが、多くのグラウンドやスキー場があり、スポーツが盛んです。

つい先日行われたオリンピックで大活躍した高木美帆選手や、長野県南相木村出身の菊池彩花選手など、数多くの選手がこの菅平高原で合宿を行いました。

また、ラグビーワールドカップのイタリア代表チームのトレーニングキャンプ地にもなっています。

菅平高原もいいところがたくさんありますので、機会があったら菅平高原も取材してみたいです。

 

さて、今回の旅はこれで終了です。

真田巡り、いかがでしたか?

それでは次回もお楽しみに!